Yes! プリキュア5 第06話「プリキュア5全員集合!」

うわっ、かれん様*1のご幼少のみぎりの姿がかわいすぎるんだけど。クッションにモフモフするかれん様は、もうどうしてくれようって感じですね!!
サブタイどおり、ついにプリキュアが全員そろいました。5人そろったからって何かあるわけでもなくて、おかしな決めポーズが増えただけらしい。ここからがプリキュアの始まりといったところでしょうか。この先どんな話が待っているのやら・・・。
無事プリキュアへの変身を果たしたかれん。相変わらず隙が多いというか、構成が緩いというか、せっかくの2部構成があんまり意味のないものになってしまったのは残念なところ。せっかくいい話なんだから、もうすこし構成を練って見せ場を盛り上げれば名エピソードになったのに・・・!

「本当に心からなりたいと願わなければ、プリキュアにはなれない」とかお茶を濁されてしまいましたが、プリキュアとは本来強い夢の力が必要になるんじゃないの?だとすれば、かれんが求めた夢は他人との絆。他人のことを気遣うあまり無意識のうちに距離をとってしまうかれんは、強引なほど自分の夢に正直なのぞみの姿にある種の憧れを抱くようになったのではないでしょうか。そんなのぞみのピンチを見て、自身の身の危険も顧みず「プリキュアになれなくても、みんなと一緒にいたい!みんなの力になりたいの!!」とブンビー*2の前に飛び出す。それは義務感でもあきらめでもなく、彼女が初めて自分から絆を求めた瞬間だった・・・。この流れがあるからこそ、今まで言えなかった「会いたい」という両親への台詞が生きてくるのです。時にはわがままを言うことが気持ちを伝えることだってあるのですね。

もうちょっと深読みすると、かれん様って自分に自信がないんじゃないかと思うんですよ。両親にわがままを言わないのも、ストイックに生徒会の役割をこなすのも、そうしなければ自分には価値がないと思っているから。プリキュアになれなかったことを気にしているのもその辺のコンプレックス(?)から来ているのでしょう。プリキュアになれない自分には価値はないはずなのに、のぞみは変わらず自分に好意を持っていてくれる。それはつまり、価値があるとかないとか、そういうもので絆の強さが決まるわけじゃない。かれんがそのことに気づかされたらこそ「プリキュアになれなくても、みんなと一緒にいたい」と正直な思いを伝えることができたのだと思います。

それにしても・・・芽生ちゃんといい、どうも俺はこの手のキャラに弱いな。

  • かれんの子供時代の破壊力はマジで殺人的。新シリーズを敬遠してた人はここだけでも見るべき。
  • ボーッとしたところに話を振られてアタフタしてるかれんがかわいすぎる。
  • プリキュア5」のふりがなが本編では「ファイブ」となっていたのに公式の予告では「ファイヴ」となっているところに製作者のこだわりを感じずにはいられません。

関係ない追記

東映のあらすじ紹介が熱いことは周知の通りですが、じゃあ東映Kanonってどうだったんだろ?ひょっとしたらあらすじ担当者のKanon解釈が聞けるかも!・・・と期待して見てみたのですが。
http://www.toei-anim.co.jp/tv/kanon/arasuji.html
なるほど、冒頭のモノローグ*3風なのね。短いセンテンスながらもポエミーさあふれる文体は、京アニKanonのあらすじと対照的。
どうでもいいけど、サブタイのつけ方は東映版の方がすき。「約束」「少女の檻」「冬の花火」・・・Kanonファンならタイトルを聞いただけで涙腺緩みますよね?京アニ版のセンスで言うなら「小さな超ひも理論のための練習曲*4」とか入れて欲しいものです。
京アニ版の方もクライマックスのようですが・・・。って栞の誕生パーティ?駅伝??何じゃそりゃ・・・。そんな話をやる暇があったら佐祐理さんの話でもやれば?

*1:様をつけてしまうのはぴっちのせいに違いない

*2:そんな名前だったのか

*3:アニメではどうなってたか忘れたけど、原作には一日の初めに誰のものともつかないモノローグがあるのですよ。このシーンとONEの「えいえんのせかい」との関連性という観点では以下略

*4:Etudes pour les petites supercordes