放浪息子 第01話「おんなのこって なんでできてる? 〜Roses are red, violets are blue〜」

視聴前チェックは[http://d.hatena.ne.jp/kkobayashi/20110105/p1#15:title=こちら]。

正直に言います。地味なキャラデザの上にキャラクター多すぎで、誰が誰だか全然分からなかった!その上、この分かりにくいキャラクターの人間関係が出来上がってる前提で話が進んでいくので、内容もよく分かりませんでした!

ということで、キャラ表を眺めて復習することにしよう・・・。来週こそは。


えーと。お話としては、女装癖のある二鳥修一くんと、男装癖のある高槻よしのさんのお話、らしい。ネタとしてはすっかり市民権を確立してしまった女装モノのようですが、わりと真剣に性の問題に対して向き合ったモノみたい。修一の夢精で終わるラストからも、単に女装してカワイイってだけじゃなく第二次性徴下における性のあり方について描こうという意思が伝わってきます。

えーと。この作品の感想を書く前に、とりあえず自分のスタンスをはっきりさせておきたい。「女装」と「性同一性障害」は一見似ているようだけど、自分の中では全く別の、逆といってもいいほど違う概念だと思ってます。女の子が大好きで、大好きなあまり自分も女の子になりたいって思うのが女装の始まりだと俺は思うんですよね。両者が混同されてるようなニュアンスが所々に感じられるので、それがちょっと心配かも。

今回の修一くんを見ている限り、姉のヒラヒラした服に興味を示していたり、女装して外に出ることに倒錯的な快感を覚えているように見える。それって性同一性障害じゃなくて性的嗜好としての女装だよね?って思うのです。未分化で曖昧な性を描くのならともかく、身体の変化に対しても向きあうのであれば、その辺の感情は間違えてほしくないなーと。

まあ、今からそんなことを言っても仕方ないんだけど。

アニメの話しよう。今回はキャラクターの顔見せと人間関係の紹介が中心だったようですが、上で書いたとおりよく分からなかった。大して難しい話でもないのに、何でこんなに分かりにくいんだ・・・。キャラを消化するのでいっぱいいっぱいで、とてもお話どころではない・・・。

顕著だったのが、ラストのほうで女装したまま家を飛び出した修一が高槻さんと出くわすシーン。普通この状況を見れば、修一が無理やり女装させられたと思いそうなもんだけど、修一が自分から望んで女装していることを理解した対応をしてるんだよね。うーん、どうなってんだこれ?と思いながらも見ていくうちに「あ、そうなのか、知ってたのね」という結論に思い至る。修一の姉が妙にツンツンしてたり、「また」女装してるのかという台詞辺りからも、二人の関係を想像しなきゃいけなかったり。

そんなこんなで、初めて見たキャラクターの名前を覚えつつ、思わせぶりな台詞から人間関係を類推しつつ、話の筋も追いつつ・・・。ゆるい絵柄で淡々と進んでいく割には妙に疲れるアニメだった!

キャラデザ、確かにキャラ表見れば違いが出てるんだけど、初見だと「牧野竜一の絵だ!」としか思えないので区別がつかないんですよ・・・。どの顔みても牧野竜一、これは軽いホラーやで・・・。もしかして原作でもこういう顔なの?

話の展開にはすごく興味あるけど、アニメとしてはちょっと見づらい作品かなあ。キャラが掴めてくれば普通に見れるようになるんだろうか。