奥さまは魔法少女 第05話「大人ならOKよ、ということ」

これは厳しい。口先だけの感情に、ご都合主義の恋愛感情。

吉田松陰というネタ自体は新鮮でよかったと思うけど、それが全然うまく生きてこなかったよねえ・・・。巽くんさ、自分に足りなかったものと、松下村塾で得たものはなんなの?「不穏な時代ですし、明日どうなるか分からない時代ということでは・・・」って、言葉に全然リアリティ感じないんですけど。それこそネットで仕入れた知識と何が違うのよ。「新たなる物へ挑戦していくことの大切さ」とか、本当に松下村塾に行ってあなたが感じたことなの?とてもそうは見えなかったよ。そんなうわべだけの言葉を「上出来だ」とか言ってしまう浅羽先生もなんなんだか。そんな口先だけの言葉では、少なくとも俺の心は全く動かせませんでした。

嬉子さんもさ、何で巽くんがそんな好きなの?旦那はもう好きじゃないの?キスはダメでも恋愛はOKよ、ということ?それとも若い男なら誰でもOKよ、ということ?巽くんのキャラが全然立ってない状況でこの好かれっぷりだと、そうとしか思えないよ。

・・・と、各話単位の面白さだけで考えるともう見切るところなんだけど、このアニメの最大のテーマである「破壊か停滞か」をどう扱うのかが気になるので、それがはっきりするまでは見つづけるつもりでございます。特にクルージェがこの世界に対してどういう気持ちを持つようになるのか、そこは見届けたい。

今までの構成だと、クルージェをクラスメイトや巽くんにかかわらせることで今の世界のよさを感じてもらおう、っていう感じに見えるけど、それなら「世界は変わっても人は変わらければOK」という論理だから嬉子さんの負けになる。この流れで嬉子さんを勝たせるためには、「クラスメイトや巽くんは、この世界で育ったからこそこんなにいい人になることができた」みたいな方向に持ってかないといけないよね。もしくはもっと大雑把に「この世界を変えることは、この世界に存在する人を変える*1ことになる」みたいな話に持ってくか。そもそもアニエスたちは、どこまで力を持っているのか。「ワンダーランドの守護者」ってのは、町の風景だけじゃなくて住人の生殺与奪の権利まで持っているのか。

また、話全体の構成としても、ギャルゲー的セカイ系に持ってくのか、それともリルムVSワンダーランドのリアリティを追及していくのか。

などなど考えていくと、まだ未知数の部分が多すぎ。扱い方次第で名作に化ける可能性もあるし、このまま駄作街道まっしぐら、という可能性もある。だからもうちょっと、1クールくらいは見つづけようかな。

追記

「デート・・・しちゃった」のクルージェは激しく萌えた!!見つづけるモチベーションの半分はこの子だなあ。巽などさっさと枯れてしまえ!

*1:具体的には死ぬとか消えるとか