フレッシュプリキュア! 第40話「せつなとラブ お母さんが危ない!」
あゆみママ、文字通り雪隠詰めの巻。
せつながあゆみおばさまを「お母さん」と呼ぶシーンは、分かっていながらも感動させられてしまいました。あの溜めが、溜めさえなけりゃ・・・!!
他人の幸せを奪うことで生きてきたせつなが、自分に向けられる無償の愛に対してどのように感じているのか。少なくとも、それを素直に受け入れられるくらいには、彼女の中で過去は清算されているということなのでしょう。
おばさまを「お母さん」と呼ぶことが「心の開放」であるのなら、何故せつなは心を閉ざし、また何故心を開こうと思ったのか。昔の公式あらすじだったら、その辺を補完しつつまとめてくれていたのだけど・・・今の劣化あらすじでは望むべくもないか。
などと思って久しぶりに本文を読んでみたら、結構いい感じで書いてあってゴメンナサイです。ただ1点、せつなが「お母さん」と呼んだのは、感謝の気持ちだけじゃない。もちろん直接的には感謝の気持ちだけど、お母さんの無償の愛を受け入れられる・・・いや、信じられるようになったってことでしょ?自分がおばさまを大切に思っているのと同じくらい、おばさまも自分を大切に思ってくれていたんだ。わたしは愛されていいんだ、と。
「お母さん」という台詞に含まれる感謝の気持ち、自分自身を認める気持ち、そして「お母さん」として自分を愛して欲しいという潜在的な気持ち。イース時代はもちろんのこと、せつなとして生まれ変わっても、ベクトルの向きは違えどせつなの思いは一方通行だった。
愛を与えるだけでも、受け取るだけでもなく、愛して欲しいという当たり前の欲求。そんな欲求さえ口にすることを許さなかった罪の意識と、思いが開放されるカタルシス。短い台詞の中にも、今までせつなが積み上げた思いが凝縮された名シーンでした。